危急時遺言を作成し、遺言者の意思を実現することができた事例
堀井 実
弁護士
【ご相談内容】【相談前】
相談者には奥さんがいるのみでお子さんはいらっしゃいませんでした。
相談者は老人ホームに入所しておりましたが、肺が悪く、酸素吸入を受けており、余命はごくわずかであると診断されている状態でした。
相談者は、死後、奥様に遺産全部を渡したいという意思を有していましたが、相談者が亡くなられた場合、4分の1の法定相続分を有する相談者の兄弟が権利を主張してくる可能性がありました。
相談者の面倒を見ていた遠戚の方が当事務所を訪れて、相談者が遺言により、奥様に遺産を渡したいという希望を有しているとおっしゃられたので、私は、相談者が入所されている老人ホームに行き、相談者の真意を確認することにしました。
【相談後】
私は、老人ホームに赴き、相談者に死後遺産をどうしたいか確認しましたところ、奥様に全部を渡したいということであったので、遺言を書くことを進めました。
後から異議がでないように、また死後の手続もスムーズに進むように、公正証書遺言によることを勧めたところ、相談者はこれを了承しました。
しかしながら、相談者の容態は極めて悪く、余命は長くないと感じ、公正証書を作るにしても公証人に老人ホームまで出張して貰うには数日かかることが見込まれましたので、公正証書ができるまでの暫定的措置として自筆で遺言を書いて貰う(自筆証書遺言といいます)を書いて貰うことにしました。
ところが、相談者は、体力の衰えが激しく、自分で遺言を書くことができませんでした。
私は、公証人が来るまでの数日間の間に相談者が亡くなってしまう可能性があると思いましたので、民法976条の死亡危急時遺言を作成することを考え、これを相談者にアドバイスしました。
危急時遺言であれば、それ以外の要件も要りますが、口頭で口授した内容を書き写して、有効な遺言書を作成することができるからです。
私のアドバイスに従い、相談者は危急時遺言を作成することを承諾しましたので、私を含む証人3人の立ち会いの下で、相談者が口授する遺言内容を私が筆記し、危急時遺言を作成しました。
危急時遺言を作成した5日くらい後に公証人が公正証書遺言を作成するために、老人ホームまで来てくれる予定になっていました。ところが、公証人が来る予定日の朝早く、相談者は亡くなってしまい、結局、公正証書遺言を作成することができなくなってしまいました。
しかしながら、このような場合に備えて、危急時遺言を作成していましたので、この危急時遺言を民法に従って裁判所に提出し、遺言者の真意に基づくものであるとの審判手続を経て、裁判所での検認手続を行った結果、奥様に全ての遺産を相続させるという相談者の意思を実現することができました。
【コメント】
死後、遺産に関する紛争が発生しないようにするためには、遺言を書くことが有効な手段となります。
特に、子どもがおらず、夫婦のみの家族の場合には、夫婦の一方がなくなった場合、その法定相続人は、夫婦の他方のみならず、亡くなられた一方の兄弟も相続人となるので、遺言により夫婦の一方に全部を相続させる旨の遺言書を書くことをお勧めしています。
遺言書については、公正証書による方が死後の手続が簡単で無効となる危険性も少ないので、公正証書によることをお勧めしています。
本件の場合、公正証書の遺言の作成前に、相談者が亡くなられてしまうというイレギュラーな事態が発生してしまいました。このような場合に備えて、私は、通常、公正証書遺言の作成前に相談者の方に自筆証書遺言を書いて貰うようにしているですが、本件の場合には、相談者の死期が迫り、自筆で遺言書を書くことができないような状態であったので、死亡時危急時遺言を作成することにしたものです。
この危急時遺言はあくまでも公正証書遺言が作成できなかったときに備えての暫定的な緊急避難措置であったのですが、相談者が公正証書遺言の作成前に亡くなってしまい、その暫定的な緊急避難措置が日の目を見ることになったものです。
遺言のような紛争予防業務においては、あらゆる可能性を想定しながら弁護士業務を行うように心がけていますが、その心がけが図らずも実ることになった事例の一つです。