「みなし残業代」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。「みなし残業代」とは、実際の残業時間数に拘らず、一定の残業があったものとみなして支払われる一定額の残業代のことです。
「みなし残業代」は「固定残業代」と同じ意味で使われます。
なお、裁判実務や学術書においては、通常は「固定残業代」という用語を使用し、「みなし残業代」という用語はあまり使用しません。
似た名前で異なる制度の「事業場外労働についてのみなし労働時間制(労基法38条の2)との混同を避けるためかもしれません。
ところで、これを読まれている方の中には「みなし残業代に含まれているから」などと言われて、長時間労働を残業代なしで強いられているようなことはないでしょうか。そんな「定額働かされ放題」のような状況を避けるためにも、「みなし残業」について理解すべきことを解説します。
▼この記事で分かること
▼こんな方におすすめ

「みなし残業代」は、一般的には「固定残業代」とほぼ同じ意味で使われます。
前述のとおり、裁判実務や学術書においては、通常は「固定残業代」という用語を使用し、「みなし残業代」という用語はあまり使用しません。
固定残業代とはなにか、というお話をする前に、そもそも残業時間や残業代の計算というのはどのように行われているのでしょうか。
労働基準法は、1日の労働時間を「8時間まで」と決めていて、8時間を超えて働いた場合は、超えた時間分の割増賃金(残業代)を支払うよう会社に義務付けています。
通常の給与制度であれば、タイムカードなどで出退勤を管理し、8時間を超えて働いた残業時間を1日ごとカウントします。月給制の会社なら、1か月分の残業時間に応じた残業代を給料日に支払うというのが一般的でしょう。
これに対し、固定残業代制度は、実際の時間外労働等の時間数にかかわらず一定額の固定した割増賃金を支払う労働契約上の仕組みです。基本給の中に残業代が含まれているとする「基本給組込型」と、割増賃金の支払に代えて一定額の手当を支給する「手当型」があります。
固定残業代制度を導入している会社側の動機は、残業代の計算が楽になる、採用段階で固定残業代制度を用いて賃金を高く見せたい等があるそうです。求人票等に、基本給○○円<固定残業代△△円分を含む>、基本給+(固定残業代の相当する)○○手当△△円等の表示をすることで、△△円が増える分、総支給額が多く見せるということです。
固定残業代制度は、労働基準法には明記されていませんが、判例上示されている一定の基準を満たせば有効となり得るものです。

通常の給与制度なら、実際に残業をした時間分の残業代が支払われていなければ、未払い残業代を請求することが可能ですが、「固定残業代」として月々支払われている場合は、どんなに働いても残業代はそれ以上もらえないのでしょうか。
前項で説明しましたが、固定残業代制を有効に導入するための基準(≒有効要件)を満たさなければならず、基準(≒有効要件)を満たしていたとしても、実際の労働時間が、固定残業代に相当する残業時間を超えた場合には、超過分の残業代を支払わなければなりません。
固定残業代の金額と残業時間を労働者に明示していない場合、または、固定残業代に相当する残業時間を超えて労働者を働かせているのに、超過分の残業代を支払っていない場合は、違法となります。
例えば、固定残業時間制で働いているBさんは、毎月30万円の給与の支給を受けています。実際の残業時間は、月によって30時間だったり、40時間だったりしますが、月の給与支給額は変わっていません。
おかしいと思って調べていると、そもそも30万円の給与の内訳は、基本給が30万円、○○手当が5万円でした。
○○手当5万円が上記対価要件を満たさない可能性はあり、Bさんの会社の固定残業代制は違法である可能性もあります。
仮に、固定残業代制が有効であったとしても、Bさんは、固定残業代に相当する残業時間を超えた分の残業代を請求することはできます。
月平均所定労働時間が173時間(土日のみ休み)だとすると、時給単価は25万円÷173時間=1,445円、残業時間が40時間だとすると残業代は、1,445×40時間×1.25=72,250円となります。
そうすると、72,250円-50,000円=22,250円が未払残業代となります。
固定残業代制での残業代の請求に関しては、Bさんのような超過分の未払いだけではなく、上記固定残業代制を有効に導入するための基準(≒有効要件)を満たさないこともあります。
その場合、固定残業代制が無効であることを前提に会社に対し残業代の支払いを命じた判例もあります。
【テックジャパン事件(最高裁平成24年3月8日判決)】 人材派遣会社に勤務する派遣労働者が、残業代の支払いを請求しましたが、会社は派遣労働者に基本給41万円を支払っており、「労働時間が180時間以内の場合は、基本給に残業代が含まれている」と反論しました。実際、会社は派遣労働者と「月間総労働時間が180時間以内の場合、残業代を支払わない」との契約を交わしていたのです。しかし判決では、基本給と固定残業代の判別することができないとし、残業代が支払われたとすることはできないため会社に対し残業代の支払いを命じました。 |
裁判等で固定残業代制が無効と判断されれば、その固定残業代に対応する割増賃金(残業代)は不払いであったことになります。
そうすると、残業代の基礎賃金に固定残業代部分も含まれることになり、その基礎賃金を用いて算定される未払い割増賃金(残業代)は相当高くなります。
未払いと判断された割増賃金(残業代)について、会社は、付加金(労基法114条)や遅延損害金を支払わなければならいない可能性もあります。

固定残業代が支払われているものの、本当に正しい残業代が支払われているかどうか疑問を持たれた際に、チェックすべきポイントをお伝えします。

自分の給与制度は、給与明細で確認できる部分もありますが、明細に書かれている手当の意味合いなど、1人では理解できないこともあります。自分に適用されている固定残業代制についても、労使交渉や就業規則をみれば、ある程度分かるのかもしれませんが、労働法規に詳しくなければ、理解できないことも多いでしょう。
「おかしい」と感じたならば、会社に問い合わせることもできますが、会社側が制度を適正に運用していない場合は、正しい回答は期待できないでしょう。自分1人で解決しようとせず、労働問題に詳しい弁護士に相談することをお勧めします。
自分の給与制度をチェックした上で、超過残業代や休日、夜間手当の未払いの可能性があると分かれば請求するべきです。請求する際も弁護士に相談すれば、残業や休日・夜間労働をした証拠の収集、会社との交渉を依頼できて安心です。

前述のとおり、固定残業代制度を導入している会社側の動機は、①残業代の計算が楽になる、②固定残業代制度を用いて賃金を高く見せたい等があるそうです。しかし、前述してきたとおり、①は完全な誤解です。固定残業代制度は、使用者による労働時間把握義務がなくなる制度でも、残業代計算が不要になる制度でもありません。固定残業代制の下においても、使用者は正確に残業時間を把握し、正確に残業代を算出し、固定残業代を超える残業があった場合には、超過分の残業代を支払わなければなりません。固定残業代を超える残業がない場合には、余計な残業代を支払っている状態になります。②は固定残業代の有効要件を満たすために求人票、雇用契約書等に正確に記載しようとすえば、通常、労働者にとって魅力的な待遇には見えません。それゆえ、会社が固定残業代制を正しく運用する限りにおいて、そのメリットはないでしょう。
他方、①会社が労働時間を正確に把握しなかったり、適切に残業代計算をしていなかったり、超過分の残業代を支払っていないような場合、確かに残業代の計算が楽になり、残業代も節約できる可能性があります。また、②会社が求人票等に、固定残業代に関する説明を曖昧にしたり誤魔化したりしている場合、労働者が魅力的な待遇だと誤信するかもしれません。つまり、固定残業代制を導入して会社がメリットを得るのは、固定残業制を違法に運用したり脱法的に運用したりしている場合です。これは、労働者からすれば、労基法で定められた権利である残業代が正しく支給されていないという大きなデメリットです。違法な固定残業代制度は、「定額働かされ放題」になる危険がありますので、自身の給料明細、雇用契約書、就業規則などで固定残業代制度の有無やその内容をチェックしてみてはいかがでしょうか。