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かわぐち かつみ

川口 克已弁護士

堀内総合法律事務所

東京都港区赤坂3-11-14 赤坂ベルゴ1008

検事としての約27年間の刑事事件捜査・公判の実務経験を活かし、取調べを受けている被疑者、起訴された被告人、それらの相手方である、心に傷を負った犯罪被害者・ご遺族のそれぞれの立場に立って、親身に、かつ、丁寧に奉仕致します。

どんな弁護士ですか?

□ 長年の刑事事件の経験を活かして
 郷里の県の県庁職員として10年間勤務して、法規担当(国の省庁で言うと、内閣法制局に相当します。)及び地労委を経験し、その間に司法試験に合格しました。当時としては、県庁始まって以来初めての司法試験合格者と言われました。
 司法修習終了後は、検事に任官して約27年間在職し、様々な種類の多数の刑事事件の捜査・公判に従事しました。他方、犯罪被害者や、事件・事故で親しい人を失ったご遺族と手を携えて、その声を裁判所に届けるという仕事も重ねました。
 平成27年4月の弁護士開業後は、こうした経験を活かし、刑事事件を中心に、自治体法務(行政側)や地域貢献にも取り組んでいます。
□ 依頼者と心を通わせる 
 刑事事件では、何よりも「真実解明」が大切です。真実解明と言うと、未だに検察官気分が抜けず、捜査機関側に立っているのではないかと誤解されるかもしれません。しかし、社会問題となっている「冤罪事件」のほとんどは、実は、捜査が不十分であったために、真実解明が正しくなされなかったことが原因になっているのです。犯人側にとっても、徹底した正しい捜査による真実解明こそが不可欠です。私は、捜査機関の捜査を攪乱し、妨害し、証拠をねつ造するようなやり方には、賛成致しません。むしろ、逆に、弁護側としても、徹底した捜査を求めて行くことで、刑事事件に正攻法で取り組んでまいります。それでこそ、冤罪を完全に防止できるのです。また、有罪の場合も、執行猶予可能な場合は、執行猶予、実刑がやむを得ない場合は、少しでも刑期を減軽した適切な量刑を実現し、被告人本人が真に納得して更生の途を歩むための準備を整えていきます。
 私は、それを目指して、被疑者・被告人と心を通わせ、親身になってお話しをお聴きし、ご本人の納得のできる捜査・公判を、ご本人と手を携えて進めてまいります。
 他方、強盗殺人、殺人、傷害致死、傷害、交通事故などの犯罪に遭った被害者やご遺族に対しては、刑事裁判に対する被害者参加や公判傍聴、意見陳述などを通じて、肉体のみならず、心に深い傷を負った悲しみ、苦しみを適切に刑事裁判に反映させることに全力を傾けてまいります。
□ 依頼者の悩みに寄り添う 
 刑事事件の場合、加害者・被害者の双方とも、深い悩みを抱え、ときに心を病んでおられます。刑事事件に関わる弁護士は、医師のような役割を果たすべきものと思います。まずは、依頼者の抱える悩みに寄り添い、真剣に、かつ、十分に、依頼者のお話を聴くべきです。どのような主張をして、何を立証したいのか、どのような処分ないし裁判結果を希望するのかを、十分にお聴きします。
 ただ、依頼者のご意見・ご希望のすべてをそのまま鵜吞みにすることはできません。医師が患者の意見や希望を聴取したからと言って、それが医学的に不適切な診療行為であれば、実行することができないのと同じです。私は、弁護士としての見識に基づき、依頼者と、とことんまで話し合い、意見調整を行った上で、真に依頼者のためになることは何かを特定し、弁護方針を決めます。依頼者の悩みを軽減するために、依頼者に捜査・公判に役立つ仕事をしてもらうこと、例えば、手紙を書く、意見を書く、意見を述べることなどが役立つ場合は、それをお勧めし、依頼者の納得の上で、仕事をしていただきます。
□ 加害者側と被害者側は矛盾しない
 ところで、被疑者・被告人側に立って弁護活動をする「刑事弁護」と、その逆の立場の犯罪被害者・遺族側に立って活動をする「犯罪被害者支援」は、対立・矛盾するもので、同じ弁護士が、その両方を担当するのは好ましくないという意見があります。しかし、私は、その意見に賛成できません。民事事件なら、同じ弁護士が、あるときは加害者側、あるときは被害者側の代理人として活動するのは、何ら不思議なことではありません。刑事事件と民事事件とは、争う土俵が違うだけで、当事者は同じなのですから、刑事事件でも、あるときは加害者側、あるときは被害者側に立って活動するのは、何ら不自然なことではありませんし、矛盾するものでもありません。むしろ、両方の立場を深く理解してこそ、弁護士としてより適切な活動ができると思います。
 私は、加害者側である被疑者・被告人側と、被害者・遺族側のいずれもお受けします。

どんな事務所ですか?

□ 歩く法律事務所 
 法律事務所は、弁護士の執務の拠点となる場所ですが、必ずしも、依頼者と直接応対する場所でなければならないとは言えません。私の場合、大先輩の堀内先生の事務所に所属させていただき、指導していただいていますが、いわゆる「イソ弁」ではなく、事件は独立して自分で見付けて担当しています。
 しかも、私の場合、手持ち事件のほとんどが刑事事件、それも国選弁護で、被疑者・被告人が在監する警察署の留置施設や刑事施設である拘置所での「接見」に出向くことが多く、そうした留置施設や刑事施設と、検察庁、それに裁判所、これらの間を往復するのが、業務の中心です。必要があれば、事件・事故の現場を見に行くこともあります。さらに、弁護士会の委員会や研究会、大学等での講義・講演、市役所の仕事などのため外出することも多いです。
 そのような事情から、私は、在宅の依頼者や被害者等との面談は、ご本人のご希望も聴いた上で、裁判所・検察庁と接する弁護士会館の面談室や、依頼者の最寄りの施設(例えば、依頼者が日常利用している市役所や区役所、公民館等)などで行う場合が多いです。依頼者にとっても、希望する場所で弁護士と面談できた方が便利だと思います。
 出歩く際は、必要な資料や書式等を持参しており、さながら、私自身が「歩く法律事務所」の様相を呈しています。ちょうど、医師が聴診器その他の医療器具を持参して往診するのと似ています。
□ 機動的な弁護活動
 私の弁護活動は、言わば、往診専門の医師、それも主として救急ないし緊急の患者に往診するためにドクターヘリで出向いて行く医師のようなイメージと思ってください。柔軟かつ機動的に対応しています。

こんな相談ならお任せください

□ 刑事事件なら何でもご相談ください
 私は、検事として勤務していた約27年間にありとあらゆる罪種の事案を数多く担当しました。幅広く、いろいろな罪種の事案について、お困りのことがありましたら、ご相談ください。加害者側・被害者側の別も問いません。
□ 交通事故と痴漢
 ところで、そもそも刑事事件と言うと、多くの善良な市民は、自分は悪いことをしないから刑事事件に縁がないと思う方が多いですが、それは間違いです。例えば、交通事故は、日常茶飯事です。ある日突然、事故を起こす、あるいは、事故に遭う可能性は、誰にもあります。
 また、痴漢事件に冤罪が多いことはご存知でしょうか。自分は痴漢などしないと思っていても、痴漢と誤認されて逮捕されることは、決して珍しくありません。しかも、エリート階層や上級サラリーマン階層にこそ、多いのです。
 交通事故や痴漢に巻き込まれたときは、可能な限り早く弁護士に相談してください。一日の遅れが命取りになります。私の場合、検事時代に、約2年間、交通事件に専従したことがありますし、痴漢事件についても、捜査段階と控訴審段階の両方で経験し、一審で有罪とされた痴漢事件が控訴審で逆転無罪になるのを現に目の当たりにしました。
□ 起訴させない弁護 -起訴前の弁護こそ重要ー
 多くの方は、刑事弁護士と言うと、無罪判決を勝ち取るのが格好良いと思っておられるでしょう。昔は、起訴前の捜査段階(この段階で、犯人の疑いありとして身柄を拘束された人を、「被疑者」と呼び、起訴後の「被告人」と区別しています。)の国選弁護が認められておらず、弁護士が関与しないまま起訴されるケースが圧倒的に多かったので、弁護士が関与せず起訴された事件につき、無罪判決を得るというのは、とても立派なことでした。
 けれども、現在は、被疑者段階の国選弁護が認められており、国選弁護の対象とならない軽微な罪種でも、身柄拘束された被疑者に対し、弁護士会が弁護費用を援助してくれる制度があります。この場合、弁護士が被疑者段階から関与することで、起訴されなくてすむ事件は起訴されないように、弁護士自身が活動できます。そうすると、弁護士がついていたのに、起訴されて、判決で無罪というのは、どういうことでしょうか。弁護士が、その役割を十分果たせず、起訴すべきでない事案の起訴を許してしまったかもしれないとも言えるのではないでしょうか。
 私は、今日では、無罪を言う前に、まず、不起訴にできる事件は、確実に不起訴にしてもらうことこそ大切だと思っており、その意味で、「被疑者弁護」が大変重要だと思っています。不起訴となれば、刑事裁判は開かれず、有罪ということもあり得ないのです。
 私は、証拠の薄い事件、起訴するには余りにも軽微な事件、被害弁償や示談などができる事件などを確実に不起訴にしていただけるよう、力を尽くします。これまで私が担当した被疑者弁護事件は、比較的軽微な事案が多かったこともありますが、ほとんどについて、不起訴に終わっています。
□ 犯罪被害者支援という分野をご存知ですか
 こういう分野があること自体、まだまだ知られていません。昔は、犯罪被害者は、事件の当事者なのに、当事者らしく扱ってもらえませんでした。どんな捜査が行われ、どんな証拠があるか、被疑者が起訴されたのかされなかったのか、起訴されたとして、どんな裁判になるのか、何も教えてもらえず、蚊帳の外に置かれていました。それでいて、被告人が事実を争って被害事実を立証する必要に迫られたときは、被害者は、容赦なく証人として呼び出され、ただでさえ恐ろしいと思っている加害者の面前で質問責めに遭った末に、お前の証言は信用できないと罵倒されて終わりでした。被害者は、刑事司法の中で「人」として扱われず、証人尋問という「証拠方法」に過ぎず「物」扱いされてきました。
 そうした被害者無視の刑事司法に対する被害者・遺族の苦しみと、それを受けた一部の弁護士の長年の努力が徐々に実り、検察の起訴・不起訴の処分結果の通知制度に始まり、証人尋問における遮蔽・ビデオリンク等による負担軽減、記録の閲覧、公判傍聴、意見陳述、公判出廷時の付添などが順次実現し、裁判員裁判開始に歩調を合わせ、被害者が当事者として刑事裁判に参加する制度が開始され、ようやく、不十分ながらも、被害者が刑事裁判で「人」扱いされるようになりました。併せて、被害者参加について参加する被害者・遺族の側に立った弁護士を選任でき、資力のない場合は、国が費用を援助する被害者側の国選弁護士制度も開始されました。
 私は、弁護士会の中で、この分野の委員会に所属しており、被害者・遺族の心のケアに留意しつつ、刑事裁判に被害者・遺族の声を適切に反映させることができます。